【大谷由里子先生との思い出】全国講師オーディション&アゼルバイジャンEXPO

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前回の記事では、転職市場で有利になるポータブルスキルについて書きました(こちらです)。そのポータブルスキルは、コミュニティの運営にも多大な貢献をするわけです。今回の記事では、ポータブルスキルの見つけ方・身につける方法について、僕の体験談を交えて書いていきます。日記っぽい記事になっていますので悪しからず。

社会人の価値を上げるポータブルスキルを見つける方法とは

人は、「自分のことは自分で分からない」と言いますが、僕自身もそうでした。サラリーマンとして最年少・最高得点で昇進して、模範社員として人事のテキストにも載り、社内では”社長候補”と言われてましたので、「何かしらのイケてる才能を持っているはずだ」と思っていたものの、その才能が何か分からないし、言語化もできない。そんな悩みを抱えていました。

31歳の時、サラリーマンとして脂がのった絶頂期に「自分の評価」が知りたくて、転職活動をしてみたり、社外の活動にも参加するようになりました。

昔から活字が苦手で勉強嫌いでしたが、30歳を過ぎて人生で初めて自己啓発本を購入しました。それが、中村文昭さんの「人のご縁ででっかく生きろ」(株式会社サンマーク出版)です。

それ以降は自分でビジネスをすることに興味を持ちまして、起業している人みんなが凄く見えて、自分の名前(看板)で仕事をすることに憧れていた時期でした。サラリーマンとしての出世に興味がなくなって、反対に起業熱が高まりまして、平日夜と土日は社外の予定でビッシリと埋まっているような日々を送っていました。ですから、よく妻から怒られていました。

34歳の春に、”昔からお笑いが好きで中学生の頃はダウンタウンに憧れて教室でネタを披露してたし、高校を卒業したらNSC(吉本興業の若手芸人養成所)に行こうと思っていた”ことを思い出して、「今から芸人はキツイけど、しゃべるのは得意だし、講演家ならイケるんじゃないかな?」とヒラメキました。

早速、Yahoo!の検索で「吉本興業 講演家」と入力をしたら、ある女性講演家の講演会のLP(ランディングページ)に出会ったのです。それが、大谷由里子さんでした。そのLPは、大谷由里子さんの「新春講演会」のものでした。

ところが、そのイベントは2月に終わっていまして(僕が見つけたのは3月)、残念ながら参加することができなかったのです。「あ~、残念っ!」と強く悔しがったのを今でも覚えています。

ところが、点の出会いは、「人生に必要なタイミングで線に変わる」ものです。その年の5月か6月に友人で美容家の渡辺ゆきよさんがFacebookで大谷由里子さんとツーショットの写真をアップしているのを見つけました。

その写真を見て、「あーーー、この人だ!」と思い出しました。

その投稿が僕の眠っていた気持ちに火を点けまして、Yahoo!で「大谷由里子」と入力して、すぐにセミナー情報を調べたのです。

ところが、一般向けのセミナーの予定が全然なくて、やっとこ見つけたのは「全国講師オーディション対策講座」というものでした。全国講師オーディションには興味はないけれど、これを逃すと大谷由里子さんに会えない気がしたので、すぐに申込をしました。

これが2016年夏、僕が34歳の時です。

全国講師オーディションでファイナリストになって気づいたこと!挑戦することで見える隠れた才能との出会い

前列右端が僕です

まさか自分が2017年の全国講師オーディションのファイナリストになって、TSUTAYAさんから審査員特別賞をもらえるなんて、1年前は想像すらできませんでした。

大谷さんから「全国講師オーディションに出たらええやん」「は、はい」という感じではじまったこの挑戦。大谷さんから背中を押された時に、「頼まれごとは試されごと」「返事は0.2秒」なるフレーズが頭をよぎって、直感的にこのチャンスを逃してはいけない!と感じました。

大谷さんが背中を押してくれたおかげで僕は新しい扉を開くことができたのです。僕にとっては、全国講師オーディションに出場して賞をもらえたことよりも、挑戦をすることで貴重な学びを得られたことが財産です。

  • とことん人生の棚卸しができたこと
  • ファイナリストになるために応援してくれた友達のありがたさ
  • 自分の言葉を作り、伝えることの大切さ
  • 必死の営業活動

などなど、会社員として出世レースをしている人生では体験できないことをやったおかげで、自分の中に眠っていた才能や能力、感情に出会うことができました。

講演台本作りは人生の整理整頓!ネタ作りで気づいた自分のキャラクター

本番を終えて懇親会での写真、大谷由里子先生と。

講演用スピーチのネタ作りは本当に大変でした。地方の中流家庭で育った僕は、「普通すぎる人生がコンプレックス」だと思っているくらい山も谷もない人生でしたので、人を惹きつける講演のネタ作りは骨が折れる作業でした。

高校時代に雷に打たれたり、学校を走り回っていたら窓ガラスに気づかずに体ごとガラスに突っこんで重傷を負ったり、母親に包丁を投げつけられて刺さりかけたり、1週間に車に2度引かれたり、この程度のアホっぽい経験しかない普通の人生でしたので、「波瀾万丈の〜」や「お涙ちょうだい」のような感動秘話があるわけでもなく。。

でも、そのかわり何度も自分の人生を振り返って棚卸しができたおかげで、「あんなこともあったな」「こんなこともあったな」と、忘れていた引き出しがでてきたのです。

過去の体験を丁寧に紐解いていくことで、自分ができたこと、できなかったこと、他人から評価されたこと、ホメられたこと、好きなこと、嫌いなことなど言語化できていなかった才能や感情に気づくことができました。結果的に、この出来事が僕のポータブルスキルを見つけることに貢献してくれたのです。

この章のまとめとしては、ポータブルスキルを見つけるためには、「人生の棚卸しが大切」ということです。

アゼルバイジャンで開催されたジャパンEXPOを通じて気づいたこと

スタッフを手伝ってくれたアゼルバイジャンの女子大生と。

大谷由里子先生からは、全国講師オーディション以外にも様々な挑戦の機会を頂きました。思い出深いのは、アゼルバイジャンで開催した「ジャパンEXPO」です。大谷さんがEXPOでブースを出店するというので、「裕司君、店長やらへん?」と誘っていただきました。もちろん、有り難くお受けさせていただきました。

サラリーマンとしては、累計1兆円を仕入れるバイヤーとしてブイブイ言わせていたので仕入れには自信があったのですが、「未経験のアイテムを揃えること」「買い手がアゼルバイジャン人であること」、

そして何よりも飯塚裕司という「自分の名前で企業と取引をする」という未知の挑戦に期待と不安が入り交じっていました。この経験をすることで、「会社の看板」「会社のブランド」の凄さに気がつきました。

なかなか挑戦しづらい年頃にもなってきて、マインドブロックもありましたが、「後先を考えないようにして行けるところまで走ってみよう精神」で走りました。大谷先生の温かいフォローのおかげでやり遂げることができました。

アゼルバイジャンの方がたくさん来てくれました。

しかし、この一件で強く感じたのは、「起業家とサラリーマンのギャップ」です。僕は、会社のことしか知らない自分の弱さを痛烈に感じました。知らないこと、できないことがたくさんありました。

メンタルの面でも、サラリーマンは「できなくても給料がもらえる」という安心がありますが、起業家は「自分ができないとギャラがもらえない」わけです。2つの立場によるビジネスに対する責任と、そこからくる熱量のギャップを痛感しました。

この件を通じて、僕はますますサラリーマンに魅力を感じなくなってしまいました。知らないことだらけでカッコ良くないな〜と思ったのです。もっとタフなビジネスマンになるためには、社外での経験や他流試合が不可欠だと感じました。

大谷先生から、こういう生きた勉強をさせて頂けたおかげで大きな気づきを得て、財産になりました。このような初めて直面する体験をすることで、自分の能力が活かせた部分、活かせなかった部分が明確になります。

上手く出来たところはスキルが通用したわけですし、出来なかったところはスキルが足りなかった部分です。ですから、ポータブルスキルを見つけるためには、「初めてのコトに挑戦してみる」というのがオススメです。応用が利く能力がポータブルスキルですからね。

副業の第一歩!サラリーマンからのシフトチェンジ

人生初の講演をした時の写真です(2017年1月)

大谷先生からは、これ以外にも物販にも挑戦させていただきましたし、イベントも、クラウドファンディングも一緒にやらせて頂きました。サラリーマンの僕からしたら、すべてが初体験でした。

2016年の夏に大谷由里子さんに出会ってから早4年になろうとしますが、出会ってからの4年間で濃密な体験させていただきました。濃厚接触です。

この経験を通じて、スキルを身につけるためにもっとも大切なのは「出会い」だと思っています。僕は、「人に出会って自分に出会う」という言葉が好きです。そして、僕は大谷先生に出会って、いろいろ経験をさせて頂いたおかげで今の自分があると思っています。

僕の場合は、大谷先生に出会えたおかげで、たくさんのチャンスに出会えました。その中で、珍プレーもしましたし、情けなくなるような失敗もしました。それでも「私も若いころは新地(@大阪)でたくさん奢ってもらったし、いろんな人にチャンスをもらってきたから」と言って励ましてくれたこともありました。

頭が上がらないです。

売れたい人を売れる人にする!オンラインサロン「ビジネスタレント育成大学」とは

僕が、大谷由里子先生と共同主宰をしているオンラインサロン「ビジネスタレント育成大学」でも、大谷先生の愛情は全開。いつもメンバーの挑戦を後押ししてくれます。

コロナ禍で、リアルの場で講演やセミナーができないメンバーのために、Zoomを使ったオンラインセミナーの体験会を主宰してくれたり、毎週のように新鮮なコンテンツを配信してくれたり、いつも誰かの活躍の場を企画してくれます。

僕自身も少しでもオンラインサロンのみんなの力になれるように、Zoomについてまとめているうちにこちらの人気記事が生まれました。

僕は大谷先生のおかげで、コミュニティ運営やオンラインサロンについてかなり詳しくなりました。オンラインサロンを開設してみたい方は、こちらの記事をご覧くださいね。

オンラインサロンは、基本的に365日24時間繋がっているものなので、絶えず大谷先生の行動や価値観に触れられることが1番の学びになっています

僕は、どんなコンテンツよりも、憧れの人の生き方や価値観、在り方に触れることが何よりも学習になると思っています。

アゼルバイジャンでのEXPOや全国講師オーディションで経験を積んだ結果…果たして!

ビジネスタレント育成大学の定例勉強会の様子

そんなわけで、昨年秋にはこっそりと転職活動をしてまして、先日エ○リズムのマスクを売り出した某アパレル会社から内定をいただきました。ただ、通勤片道2時間という課題と、サラリーマン一筋の人生に逆戻りしそうな匂いがプンプンしたので、お断りをしたのです。

ところが有り難いことに、企業側があきらめずに再度条件提示⇒年収アップ⇒断る⇒年収アップ という交渉になり(エージェント曰く、前代未聞らしい)、最終的に条件が大きく跳ね上がっていたので、かなり気持ちが動いたのですが、

最後は妻に「柳○正と、大谷由里子さんどっちを取るんよ?」と問われ、「そりゃ、大谷さんだわ」ということで、翌日企業側にお断りの電話を入れたのでした。

2016年7月大谷由里子さんと初めてお会いした時の写真

大谷先生からは、「裕司は某アパレル会社に入社して、エチオピアあたりに飛ばされるんちゃう」と冷やかされたりもしましたが、ビジネスタレント育成大学で大谷先生と遊ぶ道を選びました。

そんなわけで、昨年あたりは「大谷さんと一緒に何かをしている人」というブランディングができて、周りの方から声を掛けて頂く機会が増えました。

たくさんのコミュニティやオンラインサロンの運営ができるようになったのも大谷さんのおかげです。大谷さんの近くで4年間学んできたファシリテーションを発揮したときの記事はこちらです。

サラリーマンとして社長を目指していた僕の人生に大きな影響を与えてくださった大谷さんとのエピソードでした。

出会いに感謝、大谷さんに感謝です。

最後までお読みいただきありがとうございました。